Friday, October 31, 2008

ヴェルメールとヴィンセント・ファン・ホーフ

しつこく前回「オランダ語のカタカナ表記の問題について」の続き。(2)

オランダ語のVをカタカナ表記にすると「ヴ」か「フ」か。「ヴィンセント・ヴァンゴッホ」ではなく「フィンセント・ファン・ホッホであるべきなのだろうか。 「ヴァン・ゴッホ」だとすれば、フェルメールは「ヴェルメール」? なんだか変。

結論は、基本的にVは「ヴ」だが、ハ行を用いても問題ない。あえてハ行の多数派に合わせる必要もないということだった。
音声学的に考えると、オランダ語のVの音素は/v/で、発音は[v]だ。
ただ、時々無声化して[f]の発音となることがある。

ベルギービールの世界では、フランデレンで使用されるオランダ語のカタカナ表記として「ヴ」を採用ベルギー・ビールJapanの地域別ベルギービール名のカタカナ表記によると、オランダ語のvは全て「ヴ」とされている。

「外国語の発音と表記の話」vanは「ヴァン」と表記すべきだと主張する。(以下引用) 「オランダ語の入門書を見るとここでもvの音をあてていて、ただし「きわめてファンに近い」というコメントがある。v に近い f ではなく f に近い v なのだ。それでも根拠が薄いという人のためにBerlitzでのコメントを載せておこう。"v as in English, but often sounds like f." 」
そこで改めて、母語話者の発音を聞いて確認した。Hear Dutch here  だいたいが「」に聞こえるけれど、時々「」になっている。中間という感じもするけれど、あえて、カタカナにするとすれば「フ」に近い」だ。
つまり、辞書の発音表記が[v]でも、時には[v]と[f]の中間で発音されることがある為、Vの音全てをハ行やヴ行に統一すること自体が難しい
全てのvが[f]と発音されないのに、安易にハ行にすることも問題がある。
ベルギー極右政党のVlaams Belangは、「ヴラームス・ベラング」! でも「フラームス・べラング」と呼ばれることもある。 新聞では普通、「ヴ」を使わないので「フ」にしているだけで、必ずしもv=フが正しいとは言えない。

「ヴァン・ゴッホ」、「フェルメール」、「ベートーヴェン」の表記については
気になるカタカナ語」で同じ議論をしている方々がいた!
[v]を「フ」とするのは「ドイツ語流の発音」とのドイツ文学の先生のご意見。
「フェルメール」の表記に従えばvan Beetovenは「ファン・ベートーフェン」。

・・・と悩んでいるうちに、ゴッホのオランダ語発音を紹介するビデオを見つけた。
おもしろい~。これを聞いていると、Vincent van Gogh「ヴィンセント・ファン・ホーフ」が近いような気がする。すると、「ヴィンセント・ヴァン・ホーフ」か「フィンセント・ファン・ホーフが正しいことになる。調べると、90年代から「ヴィンセント・ヴァンゴッホ」の新聞表記は「フィンセント・ファン・ゴッホ」に変わり、今では後者が主流を占めている。「ゴッホ」を変えないなら「ヴ」もそのままでいいのに、なぜ「フ」?
                    ・・・やはり、外国語をカタカナにするのは難しい。

*ビデオは、Keir Culter氏作、フェルメール「牛乳を注ぐ女」/ ゴッホ「 星月夜 」/ ブリューゲル「バベルの塔」/ ミュシャ「モナコ・モンテカルロ」の絵は、こちらから頂きました。有り難うございました。

20 comments:

グリム said...

よちこさん、はじめまして。

ブログに添付された音声聞いてみなした。確かに「フィンセント・ファン・ホーフ」と聞こえました。私が持っている「CDエクスプレス オランダ語」(白水社)では、"v"は濁って「ヴ」に聞こえるときも、「フ」に聞こえるときもありました。「フ」に聞こえたときも、coffie, oefenboek(教科書)のfと比べると息の強さは弱く感じました。ウィクショナリーの「vrijdag」(金曜日)という単語のページで、発音記号は/v/でしたが、添付された音声を聞いてみたら、fに近く聞こえました。
オランダ語圏の地名でオランダ語でvでかくところをほかの言語ではfで書くのが多いですね(例:Vlissingen=e.Flushing)。
昔と今を比べたら、
1.アフリカーンス語(南アフリカのオランダ語クレオール)やインドネシア語ではvはfと同じ/f/と発音する。
2.室町時代にポルトガル語から日本語になったのは「ビードロ(vidro)」のようにバ行だが、江戸時代にオランダ語から日本語になったのは「フラフ(vlag)」「ホルク(volk)」のようにハ行で転写されている。
3.正書法が確立する前、同じ単語でfともvとも書かれるのもあった。
以上の点から、もともと清音が一般的だったのが、フランス語など外国語の影響もあってか、濁音の方向に向かって現在に至ったんじゃないでしょうか。
Gに関しては逆のようです。Gは最初ドイツ語と同じく破裂音/g/で、後に摩擦音化して/γ/となり、さらに無声化して/x/になったと考えられます。
そうすると、Vincent van Goghは、昔(彼が生きた時代)は「フィンセント・ファン・ゴッホ」で、今は「ヴィンセント・ヴァン・ホーフ」が原音に近いといえるでしょう。

よしちこ said...

グリムさま、コメント頂き有難うございます。オランダ語カタカナ表記についてのお話、いろいろ勉強になります。

カタカナ表記は、聞こえるように表記するというのは間違っていると思いますが、最近は現地発音重視だと言って、変な表記も見かけます。

私の場合はグリムさんとは反対に、最近は濁音が避けられて「フ」の方向になっているのかなとみています。
例えば昔はずっと「ヴィンセント・ヴァンゴッホ」だったのが、最近は「フィンセント・ファンゴッホ」になっています。

マスコミや学者の影響ですが、彼らだって誰か言いだした人に合わせただけ。それが広まっただけで、絶対に正しいとは言えないと思います。

Anonymous said...

オランダ語のWの発音もまた紛らわしいですね。下唇を軽くかんで出す半母音で、こちらは英語のWとVの中間みたいです。Vのつもりで「ヴ」と発音してWに聞き間違えられることもあるみたいです。

ドイツ語ではWが[v]です。Vは固有語では[f]だが外来語では[v](Wと同じ発音)で発音し、両者を区別します。オランダ語ではそういった区別が薄いんでしょうか。外来語の中のVも[f]のように聞こえることもあり、たとえばValentindag(ヴァレンタインデー)を「ファレンティンダハ」のように発音することもあるそうです。

よしちこ said...

匿名さま、コメント有難うございます。
なるほど、勉強になります。最近は、オランダ語のカタカナ表記はドイツ語の影響かなと思っています。

オランダ語の/v/の場合はドイツ語と逆で、
外来語に似た語がある場合は特に[f]に近い発音をしている気がします(例えば「フットボール」のような語。どちらにしても、カタカナにする場合、毎回悩んでいます。

グリム said...

前回書かせていただいたコメントは名前書くのを忘れて匿名になってしまいました。

>外来語に似た語がある場合は特に[f]に近い発音をしている気がします(例えば「フットボール」のような語。

なるほど。でもこれは英語ではfootball、オランダ語ではvoetbal(英語からの直訳:voet=足+bal=球)で、つづりは違いますが、vを[f]で発音してしまえば発音はほとんど同じですね。まさに外来語に「似た」語で、つづりは違うけど、英語のfootballの発音が頭の中であるのかしら。

カタカナにする際、ラテン語に由来すると思われる語(ラテン風の人名など)のほうが「ヴ」と書かれることが多いと思います。

Chiko said...

グリムさま、コメント有難うございます!
ベルギー北部のVlaanderenなど何度聞いても「ヴラーンデレン」のように聞こえるのに、voetbalの時は「フットボール」に近くなっていました。
それで、結局はカタカナにするには「フ」と「ヴ」の両方ありなのかなと思い始めたのです。グリムさんはオランダ在住なのでしょうか、あるいは日本でオランダ語をされているのでしょうか…(だとしたらすごいです)。
いろいろと参考になります。有難うございます!

グリム said...

私はずっと日本に住んでいます。オランダ語はCDなどを聞いて学んでいます。1回だけ台湾に海外旅行したことがあります。

よしちこ said...

グリムさま、え~っ、すごいです。日本にいながらオランダ語を勉強するのは相当大変だと思うので。ブリュッセルにいても挫折しそうです。オランダ語話者とはいつも英語やフランス語で話してしまうため、全然上達しません。来週からまたオランダ語授業再開です。コメント有難うございます!

グリム said...

インドネシア語のお話をさせていただきたい。

インドネシアはかつてオランダの植民地でした。インドネシア語ではfもvも/f/と発音します。インドネシア語などマレー系の言語は本来/f/の音がなく、中には[f]の発音が苦手でfもvも[p]で発音する人もいるそうです。/f/はイスラム教の伝来によるアラビア語からの語彙の借用で新たに加わった発音です。Vは主にヨーロッパ語で見られ、原音が/v/にもかかわらず/f/で発音されます。たとえばvokal(フォカル「母音」)visa(フィサ「ビザ」)など、単語を見ると(原音のイメージから)「ヴ」と発音したくなるものばかりですが。
Wは[w](ワの子音とほぼ同じ)と発音します。ちなみにデヴィ夫人は「Dewi」と書きます。なぜカタカナで「デヴィ」になったかはわかりませんが、インドネシア語のつづりの発音にのっとれば「デウィ」になるでしょう。

よしちこ said...

グリムさま、有難うございます!いろいろ参考になります。
なるほどインドネシア語の現象も興味深いです。オランダ語はインドネシア語の音声面に影響を与えているのでしょうか。
そういえばベルギーの有名なチョコレート屋さんにWittamerがありますが、日本語では「ヴィタメール」というカタカナがあてはめられていますね。ドイツ語読みでしょうか。?

ところで、上の方のコメントで私が書いた2つ目で、グリムさんのコメントにあった発音が変わったというお話に対して、私の方は全く別の日本語のカタカナ表記の話を書いていたことに気付きました。3段落目に「グリムさんとは反対に…」と書いてましたが、これでは全く話がかみ合っていません。現地の発音の話と日本での表記の変化の話はまた別の問題でした。とんちんかんで申し訳ありません。

グリム said...

昨日K1を見ました。K1の選手名のカタカナ表記はどうも英語風だなと感じました。
シュルト(Schilt)はオランダ語では「スヒルト」と発音します。"sch"はオランダ語では[sx スフ]と発音しますが、ドイツ語では「シュ」ですね。[sx]という音はほかの言語話者には難しい発音なので、ドイツ語式に「シュ」と読むのでしょう。「Schilt」なので「シルト」となりそうですが、なぜか「シュルト」ですね。
あと、よしちこさんがおっしゃったWittamer(ヴィタメール)に関してですが、サッカー選手のVan der Wielは「ファン・デル・ヴィール」と書いていました。Vに「フ」を適用する一方、Wに「ヴ」を適用することもよくあるようです。たしかにオランダ語のカタカナ表記自体がドイツ語の影響があるとはいえるみたいです。

よしちこ said...

グリムさま、いつも貴重なコメントを残して頂いて大変嬉しいです。
外国人の名前や外国地名のカタカナ表記は、カタカナになった時点で新しい日本語ですね。日本語が現地で通用しないのと同じように、名前も通じないことが多いかと思います。
オランダ語の/w/の発音は[w]で、オランダ語話者が[v]で発音していることはないです。wを「ヴ」と発音してしまうと通じないと思います。サッカー選手の「ファン・デル・ヴィール」、おもしろい表記ですね。ドイツ語読みでしょうか。

グリム said...

>上の方のコメントで私が書いた2つ目で、グリムさんのコメントにあった発音が変わったというお話に対して、私の方は全く別の日本語のカタカナ表記の話を書いていたことに気付きました。3段落目に「グリムさんとは反対に…」と書いてましたが、これでは全く話がかみ合っていません。現地の発音の話と日本での表記の変化の話はまた別の問題でした。とんちんかんで申し訳ありません。

いえいえ、よしちこさんのカタカナ表記の変化の話も大変興味深いものでした。最近のオランダ人の名前や商品名でもvを「ヴ(ブ)」と表記することもあると思います。たとえばココアの「バン・ホーテン(Van Houten)」がそうですね。でも「ホーテン」については正確とはいえませんね。実際は長音ではなく二重母音で「ハウテン」と「ホウテン」の中間の発音だと思います。

あと、質問があるんですが、オランダ語の"w"の発音は英語と同じですか?それとも少し違いますか?

よしちこ said...

グリムさま、有難うございます。
ココアの「バン・ホーテン」も二重母音の部分がゴーダチーズと同じですね。もしかして「バン」の部分は、今ではヴァン・ゴッホのように「ファン・ホーテン」に変わっているのでしょうか(笑)。

オランダ語の[w]の発音ですが、英語と同じような感じでいいと思います。私はいつも英語の[w]と同じ発音をしているし、他の人が話しているのを聞いても英語との違いはほとんどないように感じます。

グリム said...

私的には「バン・ホーテン」という表記に賛成です。Vは濁音が正式な発音とされているようですので。
Wの発音も地域差があるようですね。ある本では、ベルギーでは英語の[w]のように発音し、オランダ北部では[v]のように発音すると説明されていました。

よしちこ said...

グリムさま、有難うございます。
なるほど、[w]についてはあまり注意を払っていませんでした。[v]の場合と同様に地域差があるのですね。オランダ語の発音は難しいといつも思います。

グリム said...

Vlaanderenが英語でFlandersになるように、Vで始まるオランダ語圏の地名が外国語ではFで始まるという対応関係がありますね。似たようなことで、インドネシアの地名はインドネシア語では"w"で書くところを外国語ではインドネシア語にもともとない"v"で書くという現象が起こっています。たとえばジャワ(Jawa)島は英語などではJavaになります。インドネシア語ではvは外来語のみに用いられ、発音は/f/で代用するので、プログラミング言語のJavaは「ジャファ」?
ちなみに私は今パソコンの講座を受けていて、今日はJavaについて習いました。ジャワ島が語源だそうです。

よしちこ said...

グリムさま、コメント有難うございます。

現地では「ジャワ」でも英語では「ジャヴァ」。「ヴランデレン」と「フランダース」の関係と同じですね。
オランダ語[v]→英語[f]
インドネシア語[w]→英語[v]
…という感じなっているのでしょうか。

グリム said...

インドネシアの地名はサンスクリット語が起源になっているものもあるようで、ジャワはサンスクリット語のYava(ヤヴァ?)に由来するそうです。インドネシアの地名の英語表記はサンスクリット語の影響を受けていると思います。

インドネシアで3世紀から14世紀まであったシュリーヴィジャヤ(Srivijaya)王国はインドネシア語ではSriwijaya(スリーウィジャヤ)といいます。

インドネシアの大部分を占めるマレー系民族(インドネシア語はマレー語の方言と言われ、ドイツ語とオランダ語との関係と似ている)は本来/f/と/v/の音を持たず、サンスクリット語からの借用では/v/を/w/で当てたのでしょう。

インドネシアは約300の民族からなる多民族国家で、300の民族の中では/v/の音を持つ言語もあるかもしれませんが。

よしちこ said...

グリムさま
興味深いコメントをありがとうございます。

/v/のお話から、オランダ植民地支配の影響でインドネシア語の音声はオランダ語の影響もあるのかなと考えていました。オランダに行った時、インドネシア料理のレストランがあり、両国の歴史的関係の深さを思い出しました。